熱帯魚飼育の精神療法学的効用実験

生化学・脳波学的検証 |
(1) | 尿中代謝産物の量でストレス状態を判定 ストレスの度合いを生化学的に実証する方法として、日本の医師らによって開発された"ストレス・バロメーター"があります。これは、副腎皮質ホルモンの尿中代謝産物である17-OHCSなどの量を測定することで、現在のストレス状態を判定するもので、今回の実験の生化学的検討ではこの方法が採用されました。実験前後に各被験者から採尿し、飼育グループ/非飼育グループでその変化にどのような差が出るかを見ようとしたものです。 その結果、飼育グループでは、3月の検査において、当面のストレスの大きさを反映する尿中17-OHCSが100%以上(年齢と性別に対応した健常対照群の値を100とした比率)の者が全体の7割を占めていましたが、6月の検査では、5割に減少し(非飼育はごくわずかな変化のみ)、有意差は認められなかったものの、熱帯魚飼育が当面のストレスの大きさを緩和する傾向が見られました. |
(2) | 脳波学的立証 上記によって、熱帯魚飼育がストレス適応能を改善しないまでも、短期間のストレス緩和作用には有用であるらしいとの結果に基づき次に脳波学的に検証を試みました。 "α波が活発になるとリラックスできる"と一般的に言われているように、脳の活動リズムである脳波の波形を解析することで、より詳細な精神活動の内容を知ることができます。今回の実験では、α波の波を3つの成分である位相要素、周波数要素、パワー値要素に分類し、分析しました.(図2〜5) |
図2. | 6月時における各課題実施中、左後頭部(O1)・右後頭部(O2)のα波平均振幅値 安静閉眼時の値を1とし、それとの比で示したグラフ。 |
![]() |
|
図2は、6月の各被験者の後頭部におけるα波振幅の増大をパワー比で表わしたもので、「Fish=魚をイメージする」という課題において飼育グループは非飼育に比べ、α波のパワーが強くなっていることがわかります。これは非常に集中してイメージしているが、けっして緊張はしていないことを示しています。 |
図3. | 6月時における各課題実施中、後頭部(O1)と前頭部(Fp1)のα波位相のずれ(τm) 飼育群は魚をイメージする際、多少τm値が小さい、即ち集中していることが窺える。 |
|
![]() |
||
図3は、同じく6月の各被験者の後頭部のα波に対する前頭部のα波の位相の平均的なずれの時間を表わしたもの。何かに集中するほどこのずれ幅が小さくなると言われており、精神の集中度指標として研究されました。他の課題(「暗算する」「クラシック音楽を聞く」など)に比べて、やはり「Fish=魚をイメージする」の課題で、飼育グループの方がずれ幅が小さく、集中度が高まっていることがわかります。 | ||
図4. | α波のピーク周波数の変化(6月と3月の値の差) 飼育群は6月の方がα波周波数が遅くなり、ゆとりを感じさせる。 |
|
![]() |
||
図4は、6月のα波のピーク周波数から実験前(3月)のα波周波数を引いた値です。α波は様々なイメージが浮かぶような思考活動に際して、その周波数が速くなることが報告されています。全体的に飼育グループは6月の方がα波周波数が遅くなっており、イメージが次々と変化せずに比較的リラックスしている様子がうかがえます。 | ||
図5. | 左後頭部のα波平均振幅値に対する右後頭部の値(O2/O1)の月別推移 b.の3月は安静時のもの。**:p<0.02 *:p<0.05 飼育群は水槽を前にして、徐々に左脳的思考となった。 |
|
![]() |
||
図5は、左後頭部のα波平均振幅値に対する右後頭部の値の月別推移を表わしたもので、飼育グループ、非飼育グループ間で有意差が認められました。一般に物を見たり、考えたりなどの神経細胞の活動では、周波数が速くなり、振幅の小さいβ波となり、イメージなら右脳に、言語的思考なら左脳に出現し、その際α波は減少すると言われています。今回の検査では、飼育グループは左脳のα波に対する右脳のα波の割合が増大しており(言い換えれば左脳のα波が減少している)、このことから言語的思考を司どる左脳を活発に使用していることが判明しました。 近喰医長は、「例えば音楽を聞くと通常右脳が活発に働くのに対して、音楽専門家は左脳を使用すると言われていることから考えて、水槽を見る時(イメージする時)、左脳が活発に働いている状況は、ただ呆然と見ているのではなく、かなり言語的イメージが働いているのではないか」と述べ、「飼育している魚と自分の内面との対話が行われているようである。」と推察しています。 |